2010年08月15日

終戦記念日

蒼く澄みて 鴎の遊ぶこの波の底 黝<あおぐろ>き死の光あり
       馬場充貴 1945年3月21日 ベトナムのナラトン沖にて戦死。23歳。



――『きけ わだつみのこえ』(学徒たちの遺書)より。
練り上げられた精神が、珠玉の言葉を紡ぎ出す。
我々と変わらぬ歳の若者には到底書けないような、研ぎ澄まされた文章がずらりと並ぶ。
なぜ彼らはここまで高い精神性を身につけるに至ったのか。 
教育勅語の強制のためだ、などと決め付けるのは拙速だ。

彼らには各々の学があり哲学があり、
戦争の大義に疑問を抱き、善く生きることを望みながらも、死を迫られた。
必死に生にしがみ付きながら、苦悶した。

人間は皮肉にも、自分の死が近付いたときに大きく成熟するものらしい。

われわれの先輩たちがどのように生き、何を掴み、いかにそれを奪われたか。
彼らのどんな想いの上にこの国は立っているのか。
彼らの生に思いを馳せることは、この国に生きる若者の義務ではなかろうか

若い彼らの命を鉛弾に代えたこの国の現状は?
われわれはどう生くるべきか?


人間の本性としてfreedomにあこがれるという真実さを、兵営にきて始めて、
身にしみて知った。 失うまい。何時までもこの美しい心根を。

    上村元太 1945年4月21日 沖縄本島宜野湾方面戦において戦死。24歳。


今私は全人類の気晴らしの一つとして死んでいくのである。
 これで全世界の気持ちが少しでも静まればよい。
 それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである。

 音もなく 我より去りしものなれど 書きて偲びぬ 明日という字を

    木村久夫 1946年5月23日 シンガポールのチャンギー刑務所にて戦犯刑死。28歳。
posted by ちから at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 思索 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月11日

くねくね?

  

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 こわい

  
posted by ちから at 01:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 泡沫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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